コラム

日々、企業に、個人に振りかかる火の粉は、世界トップクラスの高度化社会を構築している日本では、むしろ増大してゆくばかりです。
心の荒廃が、学校教育・家庭内・職場の中など、複雑に、しかもこれまでになく進んでいるようです。
しかし一方、人々は明るい希望や夢もそれ以上にもっています。"可能性の追求"・・・それは法律を正しく見つめ、弱者へ注ぐ熱い思いから生まれてゆくものだと思っています。

でもたまには、少し肩の力を抜いて側面に立ち、社会・法律をより深く見つめることも、新しい発見につながるかも知れません。折々の社会の動勢について、私見をさらりと切り取ってみました。


規制緩和について
2006.03.10

■世の中規制緩和が目白押しです。私たち弁護士の業界も規制緩和で、毎年のように司法試験の合格者が増えています。2006年からは、司法試験合格者に法科大学員卒業者が加わり、毎年2400名態勢になります。2400名では法科大学院卒業者は2分の1程度しか合格しませんので、司法修習による制限を撤廃(司法修習をとりやめる)する可能性もあります。どんどん増える弁護士、弁護士の不祥事も増えることになるでしょう。

私が司法試験に合格した昭和61年には年間の合格者は500名程度で、この人数は日本経済の拡大にもかかわらず変更なしでした。数で守られる時代は終わり、私たち弁護士も競争の時代となり、東京の大規模事務所は合併を繰り返し、大規模となっています。

弁護士の競争がお客さんのためになれば良いのですが、一般の人にとっては、弁護士を頼むのは一生に一度あるかないかで、結果が出てみないと善し悪しはわからないのが問題です。昔から言われていることですが、見込みのない事件を顧客に十分説明せず処理している弁護士がいます。恥ずべきことです。見込みのない事件ははっきり見込みがないと言うべきです。
弁護士の事件に対する見通しは、相手があることもあり、また裁くのが人間である裁判官であることもあって難しいのですが、プロフェッショナルとして責任もった事件の見立てを心がけいくよう努力しています。